サプラ〜イズ!

Fu-mi

2011年05月23日 10:59

ハイサイ皆さん! 今日も元気?
今週木曜日(5/26)は、糸満での「F&Yライブ」となっておりますよ〜!!詳細はコチラ



先週末の土曜日は披露宴の司会でした。うちな〜んちゅ(沖縄人)の新郎と、県外出身の新婦との縁結びでしたが、入り口には、新婦のお父様との繋がりで俳優の津川雅彦さんからの花束も届けられておりました。(奇しくもその日に、津川さんの兄である長門裕之さんがお亡くなりになったようです...)
ちなみに、各テーブルに配られたプログラムの末尾には「サプライズにご注意下さい」と書いてありましたが、本当にいろんな意味で「サプラ〜イズな披露宴」となりました。



今回の結婚に際し、お二人はご媒酌人ご夫妻を立てておりまして、披露宴でも「ご媒酌人挨拶」という事で新郎新婦の紹介がなされておりました。いや〜、媒酌人を立てての披露宴だなんて何年振りだろうか...。私が担当した中では数年前にも一度あったような気がしますが、沖縄では90年代の後半から「媒酌人を立てない披露宴」が主流になっていったと思います...。



沖縄と県外の方との披露宴では、県外出身者のご親族や友人知人が、招待客の多さや余興の多さに圧倒されている様子が伺えますが、今回は県外からも60名の方々が祝福に駆けつけてくれまして、余興も披露してくれました。新婦の出身地である大分県より、和太鼓やら鎧の衣装やらを持ち込んでの「耶馬渓河童太鼓」の披露は素晴らしかった。その由来に着いても口上で延べておりましたが、新婦のお父様が創作したという事で、今年は結成20周年なのだそうです。



これぞサプライズという余興が、ひな壇後方の特設ステージからお届けしたバンド演奏。
実は、新郎のお父様はかつてバンド活動をしており、その当時一緒に米軍基地等で演奏した仲間と共に、30年振りにギターを手にしてステージに立つというものでした。タキシードにスキンヘッドという出で立ちのお父様ですが、当時は仲間と共に両手の肘くらいまで髪を伸ばしていたそうです。(笑)
甥っ子さんや、ライブハウスで演奏しているという姪っ子さんもサポートも受けながら演奏した曲は「ワンダフル・トゥナイト」と「心の愛」というスタンダードナンバーでした。(拍手)



さてさて、それぞれの友人代表の挨拶もこれまたいろんな意味で盛り上がりました。
新郎の友人代表は、最後の余興であるエイサーの衣装をつけたまま登壇。若干まとまりがなくなってきたぞ〜というところで、やっと締めの言葉が出て来たかと思いきや「新郎については以上ですが、今日はお父さんにも一言...」と。司会者としては「この時点で40分程押しているんだけど〜」という不安をよそに「お父さんは僕たちをいつも優しく迎えてくれました...。しかし、悪い事をした時には真剣に怒りました...本当に真剣に...(号泣)」最後は新郎のお父さんの話で感動するのでありました。(笑)
でもって、新婦友人代表の挨拶は「挨拶に代えて余興として替え歌にして送る」という事でしたが、これまた友人の娘さんの甲高い歌声と、威勢よくお囃子調でエールを送りながら会場を練り歩く親子に圧倒されておりました。(拍手)



そして、いよいよ最後のサプライズという事になるわけですが、今回は新郎新婦からの謝辞の前に、両家それぞれのお父様からも謝辞があり、新婦の父曰く「沖縄の皆様には暖かく娘を迎えて頂いて、もう何も心配はいらないという気持ちですが、娘を嫁に出すというのは、やはり一抹の寂しさがあります...。実はその思いを、歌にしました...」とあり、最後の最後のサプライズは「娘に贈る歌」でありました。という事で、披露宴のお開きは午後11時となっておりました!!(笑)



今回は「午後7時開演」という事もあっての事ですが、私が担当した披露宴で「11時お開き」は初めての事だと思います。予想外というよりも、新郎新婦と司会者揃って「予定通りの1時間オーバー」でしたね。(笑)
会場を出る前に「案の定長くなりました!!」とユッコにメールをしたのですが返信がない。我が家はもう寝ている時間だったようです。ちなみに「披露宴の二次会は午後10時から」となっていましたが、途中で幹事さんから「終わったら直ぐに移動して下さい」というお知らせをお願いされました。行きつけのラーメン屋さんに着くと「二次会は始まっただろうか...」と、何故か心配しながらラーメンを食べているのでありました...。(笑)

披露宴の如く、今日のブログも長くなりましたが「K&Mさん、末長〜くお幸せに...」ね!!
という事で、またまた今夜も午後9時からRBCiラジオにてお耳に掛かります。(笑)


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